アーマードコアというゲームシリーズでの体験の追想と少年時代の友人からの影響による音楽的成長
今回は完全に随筆です。
ジャムセッションを終えて、普段は基本的に全くお酒を飲まないものの、HAPPYなドラマーから振る舞われたテキーラを飲んで帰宅後に、世界出荷本数300万本を記録した名作「アーマードコア6」へ想いを馳せて眠れなくなってしまった時に、インスタのストーリーズに思いつくままに更新した内容を文章として残しておきます。
前提として、PS5用ゲームソフト「アーマードコア6」という作品についての内容が出てきます。
アーマードコア6を3周目クリアした際のストーリー考察を発見

アーマードコア6のストーリーは、すごく簡単にいうと、脳内に語りかけてくる異星人の意識体の声を尊重して、
それまで主人公をケアしてくれていた仲間たちを裏切らなければならない、という苦渋の選択を強いられる。
しかしクリアを迎えた後に、「もしそこで、その選択をせずに仲間を優先した結末があるとしたら?」という結末を見届けるために、パラレルワールドのようにもう一度最初からストーリーを違う選択肢で進めることができる。
そちらの結末を見届けたのち、今度はさらに「世界の真相を知るために」用意された、3周目のストーリーがある。
途中までは話の本筋は同じなのだが、途中で思いもよらぬ「介入」が起こり、運命は大きく変わっていく。
最終的には…人類と異星人意識体との本当の共存、という形で全く予想し得なかった結末が待っているのだった。
僕はこのアーマードコアシリーズのファンで、この最新作「6」をプレイしたかったがためにプレイステーション5を購入したくらいである。
仕事の合間を縫ってちょくちょくプレイをしていたのだが、ついに先日3周目をクリアした…
のは良いものの、話の細かい部分が難しく、解釈が謎な箇所があったのもあり、
他人様の「考察」を読むことで理解を深めることとした。
https://note.com/happy_kalmia33/n/n9d9eb0a57ae2
AC6の三周目エンドの意味とSF考察
コガミン さま
アーマードコアというシリーズ、そして友人との思い出

アーマードコアというゲームに初めて触れたのは小学校4年のとき。
一番仲良かったちょっとマセた親友の家に遊びにいくと、中学生のお兄さんがいたのでちょっと周りよりも大人びた流行り物やゲームを良く知っていた。
うちには最新ゲーム機がなかったので、初代プレイステーション自体も物珍しく、ちょっと不登校気味だった彼の家に放課後遊びに行って、ベッドの上によじ登ってこの最新のゲームを教えてもらい、自分でカスタマイズしたメカでバトルできるんだぜ!と教えてもらい、その無機質な世界観と自由な創造性、そしてサウンドのクールさに一気に虜になった。
そこから面白さは周りの友人たちにも局地的に伝染し、小5くらいのときになぜかアーマードコア初代のシリーズが流行るという謎文化が生まれたのだが、メモリーカードに機体データだけセーブさせてもらって友達のうちに遊びにいってはよく遊ばせてもらっていた。笑
今思えば、ビートマニアとかもそうだけど、その不登校気味の親友の家で新しいゲームを見せてもらい、
アーマードコア含むこれらのゲームはその音楽にブレイクビーツやドラムンベースの要素を多く備えているものが多く、その名称を知らなかった自分の耳にも、なんとも形容し難いカッコいいサウンドだ、と無意識に思っていた記憶が蘇る。
その親友は中学生のミニバスチームに所属していてバスケがやたらうまかったのだが、なんだか色々知らない世界を教えてくれた大事な思い出であるなぁ、という事が思い出される。
その親友は今では接点はほぼ無いものの、30才すぎの頃に偶然通りかかった地下鉄の入り口でバッタリ再会したりと、何かと縁を感じる事が多い。
彼からは色々な意味で影響を受けたが、そんな多感な時期に全く無名だったこのクソ面白いゲームが、
今だに紆余曲折あって進化を遂げ、遂に最新作が数百万本のセールスを記録した事には感慨もひとしおであり、
このアーマードコア6の作中において重要な局面において
「そうか…お前にも…友人ができた」
という、「友人」というものの存在の大きさを説いている事が
なんだかあの荒廃した世界観の中で、一際美しく輝いて聴こえるのでした。

「RPGツクール」からの「音楽打ち込みソフト」との出会い

余談ではあるが、
当時その親友や、2個上のいとこの家に行くと当時最新だったFF7などを見せてもらい、そのリアルさや世界観、音楽に感動したものだが、ある日彼らが「RPGツクール3」
なるゲームを手に入れた!というのでやらせてもらうと、
なんと自分でイチからRPGゲームを設定から作り込んでシナリオも自分で作って再現できる、という夢のようなソフトだったのだ!
当時はあまりゲーム機を与えてもらえず、もらえないなら自分で作ればいいじゃない精神で好きなゲームの画面を模写した絵を書いていたり(かわいそう笑)マンガを書いてみたり「何かを作る」という事にて発散していた?自分の好奇心をここまでくすぐるものがあるのか!といった感じで、友達やいとこと一緒に、村の民家のお母さんに話しかけるといきなりラスボスに化けて戦わされる、みたいなクソゲーを作ってゲラゲラ爆笑していたなんとも楽しい思い出もあるのだが…

すでに自分の好きな曲を耳コピして2和音の携帯に自分で着メロを打ち込むことで音符の長さをマスターしていた森田少年は、一気にこのMIDI音源で16トラックも打ち込める本格的なシーケンサーを手に入れて、興奮の思いで手元にあったB’zやGLAYのバンドスコアを楽譜通りに打ち込み、おお!なんだかちょっとホンモノっぽくなったぞ!!と「音楽の作り方」の萌芽を確かに掴み取り、それでもなお「なぜ本物みたいなリアルな音が出ないんだろう!」と、謎と探究心が深まるばかりで、その謎を解明するべく
なんとなく音楽をちゃんと学ぶ必要がありそうだ…という事で
音楽を学ぶ道をぼんやりと志し始めるのでありました。
改めて音楽作品を作る動機とは

あくまで「楽器」というツールは自分の絵筆でしかなく、
入力装置であり外部へのインタラクティブなコミュニケーションツールであり、
本来は自分の好奇心を満足させてあげるために面白い音を探していただけなんじゃないの?
という根本的な思いに立ち返り、
「だったらもう一度好きなように作れる遊び場を自分で作ればいいだけの話じゃないの?」
というシンプルな原点に立ち返り、また無邪気な気持ちで面白いと思える音を
色々な方法で作ってみる遊びを続けなくては、という気持ちが湧いてきたのかもしれません。
【MV公開】Descent / MORITA
— MORITA / 森田悠介 (@bassyusuke) November 8, 2025
11月22日デジタルリリースに先駆けて、ミュージックビデオを公開!🔊
撮影・編集は、オランダのAdamovicベースのやり取りで長年お世話になっているover the field越野さん @otf333 が担当して下さいました。
YouTubeにフルバージョンをアップしています。 pic.twitter.com/sc1HhM7705
最後にアーマードコア6のスクリーンショットを載せておきます
これらの写真はゲーム中の実際の画像であり、僕自身のプレイ中にプレイステーション5の「画面キャプチャー機能」を使い撮影を行い、PS app経由でダウンロードしたものです。美麗なグラフィック…それでいて初代から本質は変わらぬ操作性と楽しさ…改めて素晴らしい作品をありがとうございました















